会社経営において従業員が休業することは少なからず発生します。でもその損失額をご存知の方は少ないのではないでしょうか。
人手不足の中で休業者がでると、仕事の生産性が落ちたり、周囲のスタッフに負担がかかるなど業務に支障をきたしてしまうため、従業員の健康管理は避けて通れない重要な課題となっています。
今回は社内で1人が休業した際の具体的な損失額を含めて解説し、健康経営の視点から人材への投資の必要性について解説していきます。
休業者数と年代別の傾向
休業者とは仕事を持ちながら、病気や休暇などで一時的に休んでいる人のことを指します。
厚生労働省の調査によると2022年の日本における休職者数は約213万人に上ります。これは前年度と比べて5万人増加しています。2022年の労働者数は6,902万人でしたので、労働者の約3.15%は休業していたということになります。
休業者と聞くとそう多くないと感じるかもしれませんが、実際は30人に1人程度の割合になるため意外に身近な課題といえます。
注意点として、ここでお伝えしているのは「休業者」であり「休職者」でないので間違えないようにしてください。
休業と休職の違い
- 休業
会社側の都合や法的な制度によって従業員が仕事を休むことです。会社の経営上の理由、育児休業などの法定休業、労働災害などの一時的な事業の停止がこれに当たります。
- 休職
従業員の個人的な理由で、雇用契約を維持しながら労働義務を免除されることを指します。私傷病(メンタルヘルス不調を含む)、自己欠勤、留学などがこれに当たります。
産業別の休職者数
業種別の休業者数についても見てみましょう。主な産業別休業者数は以下の通りです。
医療・福祉 | 34万人 |
製造業 | 23万人 |
卸売業・小売業 | 25万人 |
宿泊業・飲食サービス業 | 16万人 |
サービス業(他に分類されないもの) | 14万人 |
教育・学習支援業 | 17万人 |
建設業 | 15万人 |
運輸業・郵便業 | 10万人 |
医療・福祉分野では前年比6万人増加し、最も多い休業者数を記録しています。また製造業も次いで多く、両業界とも休業者が前年より増加しています。
主な産業別の休業者数からもわかるように、多くの産業で毎年10万人以上の従業員が休業しており、人手不足が深刻化する中、休業者を減らし、労働力を確保することは喫緊の課題となっています。
年代別の傾向
休職者を年代別にみると、高齢者と出産・育児年齢の女性で休業率が高くなっています。特に65歳以上の男性と25〜44歳の女性で多い傾向にあります。
(出典)日本における休業・休職 ─公的統計による把握 日本労働研究雑誌
これは男性高齢者の高齢化と25〜44歳の女性の育児休業取得の増加と期間の長期化が影響していると考えられます。
メンタルヘルスの不調による休職者になると、30代が最も多く全体の40%近く位を占めます。その後10-20代、40代の順で休職者が多いことがわかります。
- 30代:39.9%
- 10-20代:29.0%
- 40代:27.5%
- 50代以上:3.6%
(参考)独立行政法人労働政策研究・研修機構「メンタルヘルス、私傷病などの治療と職業生活の両立に関する調査」(2013年)
従業員の休業理由
従業員が1ヶ月以上休業する理由にはいくつかあります。厚生労働省の報告を参考に休職理由を見ていきましょう。
身体的疾患
厚生労働省の「令和2年労働安全衛生調査(実態調査)」によると、がん、脳卒中、心疾患により連続1か月以上休業した労働者がいる事業所の割合は5.6%と報告されています。またこれら以外の身体疾患による1か月以上の休業者がいる事業所の割合は7.5%とされています。
つまり10社に1社は身体的な疾患の影響で休業している計算となります。
高年齢労働者であれば転倒や転落によるケガ、業務外の傷病では風邪の悪化による肺炎や事故、休暇中の私傷による骨折などが主な理由となっています。また女性特有の妊娠や出産、月経に関連する体調不良による休業も少なくありません。
精神的疾患
全産業平均で0.4%の従業員がメンタルヘルス不調により連続1か月以上休業しています。また過去1年間にメンタルヘルス不調を理由に連続1ヵ月以上休業した従業員や、退職した従業員がいた事業所割合は10.6%と報告されています。
事業所規模別に見ると、規模が大きいほど休業者がいる割合が高くなっています。例えば1,000人以上の事業所では90.8%に達していることから、大企業ではメンタルヘルス不調による休業者がいる可能性が高いと言えます。
精神的疾患による休業の理由としては以下のようなことが挙げられます。
「人間関係」
「業務量が多い」
「上司と部下の関係が悪い」
そのほかパワハラや不当な人事評価といったことも背景にあるようです。
ちなみにメンタルヘルスの不調による休業者の割合は情報通信業、電気・ガス・熱供給・水道業、学術研究、専門・技術サービス業、複合サービス事業が高くなっています。
(出典)厚生労働省:令和4年「労働安全衛生調査(実態調査)」の概況
特に情報通信や専門技術サービス業などにおいてストレスが高い傾向がうかがえます。これらの業種は長時間の残業やクレームを含む顧客対応や不規則な勤務時間、人手不足による過重労働が影響しているものと考えられます。
会社都合
会社都合による休業の理由は多岐にわたります。
経営上の理由としては業績の悪化や仕事量の減少が挙げられます。企業が事業を縮小したり、一時的に停止する必要がある場合、従業員に休業を命じることがあります。また会社の再編や組織変更に伴い、一時的な業務停止が必要になることもあります。
また設備や資材に関連する休業もあります。例えば機械のメンテナンスや故障が発生した場合、操業を中止せざるを得なくなります。原材料の部品が不足している場合も作業が中断されますし、設備の更新や移転に伴う一時的な操業停止も考えられます。
外部要因も休業の理由として大きな影響を与えます。天災・事故によって事業所が一時閉鎖されることや、行政からの勧告や指導によって操業を停止せざるを得ない場合もあります。
自己都合
女性であれば出産や育児に関連する休業があります。産前産後の女性労働者の健康を守るための産前産後休業や、子育てをサポートするための育児休業で休業しているケースが典型です。
また年々増加しているのが親の介護による休職です。厚生労働省の雇用動向調査によると、2022年に個人的な理由で離職した人は765.7万人でしたが、そのうち「介護・看護」を理由とする人は約7.3万人に登っています。離職ではなく近年介護休業の利用をするケースも増えており、「介護休業」の利用者は3.2%となっています。
なお厚生労働省「雇用均等基本調査」(平成23年度)によると、常用労働者に占める介護休暇取得者の割合は女性は0.22%、男性は0.08%と男女共に低い水準にとどまっており、男性は女性に比べると更に低いため、自己都合の場合は女性の方が休業することが多くなる傾向があります。
休職者が出ることでの企業リスク
1. 直接的な経済的損失
休職者が発生すると、企業は様々な形式で経済的損失を被ります。内閣府の調査によると年収600万円の男性社員1人が6ヶ月休職した場合、企業が負担するコストは合計で422万円にのぼると報告しています。つまり、1人の従業員が一時休職するだけで、その給与の70%以上に相当する損失が発生することになります。
その発生するコストの内訳には以下のようなものが挙げられます。
- 休職者の給与や法定福利費
- 代替要員の人件費
- 同僚の残業代増加
- 生産性低下による損失 など
休業ではありませんが、新入社員が3ヶ月で早期退職した場合、企業の損失は187.5万円に達するとされています。これらの損失を利益で補填するには、さらに数倍の売上増加が必要となり、こちらも中小企業にとっては大きな打撃となります。
(出典)エン転職 早期離職のコスト損失はどれくらい? 費用項目と金額の目安を解説
2. 生産性の低下
休業者がでると特定の業務が停滞する可能性があり、特に専門性の高い業務や特定の顧客を担当していた従業員が休業した場合は影響が大きくなります。
業務の引き継ぎが不十分だったり、代替要員の確保が難しい場合、サービスの質の低下や納期の遅延などが発生し、顧客満足度の低下や取引先との関係悪化につながる可能性があります。これは短期的な影響だけでなく、企業の評判や信頼性に長期的な悪影響を及ぼす可能性があります。
このことから休職者の業務を他の従業員が引き継ぐ必要があるため、組織全体の生産性が低下すると言えます。
3. 残された従業員への負担増加
休業者が出ると残された従業員の業務量が増加し、ストレスが高まります。これにより、他の社員にも連鎖的にメンタルヘルス不調が広がるリスクがあります。
また同僚の休業は残された社員にネガティブな心理的影響を与え、職場の雰囲気を悪化させる可能性もあります。このような状況が続くと、休業している従業員をさらに悩ませたり、同じくメンタルヘルス不調で休業する従業員が出るなど悪循環に陥る危険性も潜んでいます。
健康経営を進める理由
これらの戦略を踏まえると休業者を減らす対策として「健康経営」を推進することの重要性が浮き彫りになります。
健康経営に取り組む会社は毎年増加傾向で、健康経営優良法人に認定される企業数も毎年増加し、2024年時点では大規模法人で2,988法人、中小企業では16,733社が認定を受けています。
健康経営に取り組む会社が増えつつあるのは、就活生や転職者が会社を選ぶ基準が変わってきている点が挙げられます。その基準が「健康や働き方に配慮しているか」です。
健康経営を行うことによるメリットは休業者を減らし、休業者が出てもそれをフォローできるだけのサポートやモチベーションを保つことができるからです。以下に健康経営のメリットをご紹介します。
1. コスト削減
1人の従業員が休業することは会社にとって経済的な負担が大きいものは前述した通りです。健康経営でメンタルヘルス不調や身体的な不調の従業員を減らすことができれば、直接的なコスト削減につながります。
2. 生産性の向上
健康な従業員はより高い生産性を発揮することがわかっています。経済産業省の「健康経営の推進について」という資料の中でも、健康経営に取り組んだ企業の約20%は従業員の生産性が向上したと回答しています。
3. 従業員満足度の向上
健康経営は従業員満足度を向上させるうえでも重要な役割を果たします。適切な労働時間管理やストレス軽減策の実施など、ワークライフバランスの向上に寄与する施策が含まれます。これにより従業員の生活の質が向上し、満足度が高まります。
心理学者エド・ディーナー博士によれば、幸せな従業員は生産性が31%、売り上げが37%、創造性が3倍高いという報告もあります。
4. 企業イメージの向上
健康経営に取り組む企業は社会的にも高い評価を受けています。東京証券取引所の調査によると、健康経営銘柄に選ばれた企業の株価パフォーマンスは、TOPIX(東証株価指数)を平均で5%上回っています。人的資本経営に注目が集まっているというのも背景にあります。
より詳しくはこちらの記事で解説していますので、ご参考になれば幸いです。
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まとめ
休業者がでると、会社には多大な経済的損失をもたらすだけでなく、組織の生産性の低下や人材流出など、様々な損失の影響が及びます。これらのリスクを軽減し、企業の持続的な成長を実現するためには、健康経営の推進が不可欠です。
健康経営は従業員の幸福度向上と企業の競争力強化を同時に実現することが可能です。事業経営者の皆様には従業員の健康を単純コストではなく、重要な経営資源として捉え、戦略的に投資していることをお勧めします。
参考
- 厚生労働省「令和5年版労働経済の分析」
- 内閣府「令和5年版 年次経済概況報告」
- 日本生産性本部「労働生産性の国際比較 2023年版」
- 経済産業省「健康経営の推進について」2023年版
- 経済産業省「健康経営銘柄・健康経営優良法人の成功と業績等の関係性に関する調査研究」2023年