介護・障害福祉の事業所様でAI研修をしていると、必ずと言っていいほど出てくる質問があります。
「AIを使ったら、うちの職員の給料は上がるんですか」
正直な質問だと思います。記録が早く終わっても、加算が増えるわけでも、明日の手取りが変わるわけでもない。現場からすればそう見えて当然です。
ところが2026年7月21日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針2026」、いわゆる骨太の方針を読むと、国はまさにその質問に答えようとしていることが分かります。
鍵になるのが「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」という、聞き慣れない呼び名です。
政策のことばなので身構えてしまいそうですが、中身はそれほど複雑ではありません。今回はこのアドバンスド・エッセンシャルワーカーについてわかりやすく解説していきます。
「アドバンスト・エッセンシャルワーカー」とは何か

骨太2026には、こう書かれています。
デジタル技術等も活用して、現在よりも高い賃金を得るエッセンシャルワーカーの育成と処遇向上に取り組む。
つまりアドバンスト・エッセンシャルワーカー(AEW)とは、介護・医療・保育・福祉といった社会の土台を支える仕事に就きながら、デジタル技術を使いこなして、これまでより高い賃金を得る人材のことです。
介護で言えば、科学的介護を理解し、ICTでの記録や見守りの仕組みを使いこなし、利用者さんの状態改善という成果まで示せる人材。そういうイメージで語られています。
資格が新設されたわけではありません。国家試験ができたわけでもありません。また具体的にどのようなスキルを身につけた人が対象になるのかもまだわかりません。
なのでいまのところは「国が育てたい人材像」であり、そこに予算と制度を寄せていく、という宣言です。
骨太2026で変わった「ことばの順番」

骨太2026の医療・介護の項目を読むと、並んでいることばの順番が、これまでと変わっています。
先に来るのが、技術の発展と普及、DX・AXによる生産性向上、職員配置の柔軟化、経営情報の見える化の項目であり、その後ろに、物価や賃金の変動への対応、経営の安定、処遇改善が置かれています。
数年前までは、処遇改善が真っ先に語られていました。ここで順番が入れ替わったということは、国が想定している因果の向きが変わった、ということです。
生産性が上がったから、賃金を上げられる。
この順番で制度が組まれつつあります。
実際、2027年度に予定される次の介護報酬・障害福祉サービス等報酬改定では、事業者の経営状況を把握したうえで「他職種と遜色のない処遇改善」を目指すと書かれています。
賃上げの意思は明確です。ただしその原資は、自動的に降ってくるものとしては描かれていません。
なぜ介護・福祉が名指しされたのか

AEWという構想は、もともと介護業界のために生まれた言葉ではありません。背景にあるのは、労働市場全体の見立てです。
生成AIや自動化が広がると、オフィスワークや定型的な事務作業は置き換えの圧力を強く受けます。一方で、人が人に直接関わる仕事は、その圧力が相対的に弱い。
そこで、置き換え圧力の強い仕事からエッセンシャルワーカーへ、リスキリングを通じて人材を移していく。そしてその移った先が低賃金のままでは意味がないので、デジタルを使いこなすことで賃金水準ごと引き上げる。こういう意図が感じられます。
つまり介護・福祉は「AIに仕事を奪われる側」ではなく、「AIを持って新しい中間層になる側」として位置づけられています。
教育の側も動いています。文部科学省は2026年度から、専修学校向けの人材養成事業に「アドバンスト・エッセンシャルワーカー創出のためのリ・スキリング」というメニューを新設しました。
言葉だけでなく、予算がついて動き始めているということです。
「デジタル技術」は高い機械のことではない

ここで、よくいただく反応があります。
「うちには見守りセンサーを一式そろえる資金はありません」
これは切実な話です。加算のために機器を入れたものの、使いこなせないまま眠っている、という話もあります。
ただ、AEWの文脈で語られる「デジタル技術等」は、もっと幅が広く取られています。設備投資が必要なものから、対話型AIやOAツールのような身近な仕組みまでが想定範囲に入っています。
これは事業所にとって、かなり大きな意味を持ちます。AEWは設備投資の話ではなく、人材投資の話だということです。
数百万円の機器を入れられなくても、記録の下書き、会議の議事録、家族への報告文、研修資料、シフトのたたき台といった間接業務に生成AIを使い、その職員が「うちの事業所で最初にAIを使いこなす人」になる。
その積み重ねが、国の言うAEWの育成に、そのまま重なります。
事業所として、何が変わるのか?

具体的に、これから意識しておきたい変化を3つに絞ってお伝えします。
変化①「説明できる数字」を持っている事業所が有利になる
骨太2026では、経営情報の見える化と経営データベースの整備・活用が繰り返し出てきます。
次の改定は、事業者の経営状況を把握したうえで議論されます。稼働率、加算の取得状況、職員一人あたりの間接業務時間。これらが人の記憶と紙のバインダーの中にしかない状態は、率直に言って不利です。
この点についは規模の問題ではなく、準備の問題だと考えています。
変化② AI活用が「加点」から「前提」に移りつつある
2024年度(令和6年度)の介護報酬改定では、生産性向上に取り組む事業所を評価する新しい仕組みとして、生産性向上推進体制加算が新設されました。これは現在、取り組んだ事業所が上乗せを受ける仕組みです。
ただ骨太2026を読むかぎり、生産性向上はあらゆる改革の土台として置かれています。加点でいられる時期は、そう長くないかもしれません。
変化③「使える職員」が採用と定着の武器になる
AEWが処遇に結びついていくなら、その担い手を自分の法人の中から育てられた事業所が、いちばん強くなります。
「ここにいれば、キャリアが一段上がる」と言える介護・福祉の職場は、まだ多くありません。
疑問点も残っている

この構想には、専門家からも懐疑的な声が出ています。もっとも鋭い指摘は、こういうものです。
「介護も医療も公定価格で、人員配置基準が決められている。業務を効率化しても、基準がある以上は人を減らせない。それで本当に、働く人の所得は上がるのか」
これはもっともな疑問だと思います。
生産性が上がった分がそのまま賃金に回るという保証は、いまの制度のどこにも書かれていません。効率化した分がただ吸収されて終わる、という結末もあり得ます。
ですから、AI活用を「導入すれば賃上げできる魔法」として語るつもりはありません。
それでも取り組む意味があると考えているのは、次の理由からです。
- 効率化した時間をどこに使ったのか?
- それを職員にどう還元したのか?
これを説明できる事業所とできない事業所では、制度が見える化に寄っていくときの立場が違います。
賃金に跳ね返るかどうかは制度側の課題です。一方で、説明できる状態を作れるかどうかは、事業所側でいまから動かせる部分です。
まずは事業所側で動かせるところから動かす。この意識が重要だと考えています。
まとめ
- アドバンスト・エッセンシャルワーカーとは、デジタル技術を活用して、現在より高い賃金を得るエッセンシャルワーカーのこと
- 骨太2026では、生産性向上が処遇改善より前に置かれ、「効率化してから賃上げ」という順番が明確になった
- 「デジタル技術等」には対話型AIなど身近なものも含まれ、高額な機器を買えなくても取り組める
- ただし人員配置基準がある以上、賃金に跳ね返るかは未確定という批判もあり、過度な期待は禁物
- いま動かせるのは「説明できる状態を作ること」。間接業務の計測、記録の統一、翻訳役の選定から始められる
国が新しい人材像に名前をつけたということは、そこに予算と制度を寄せる準備があるということでもあります。
正式に始まってから対応するのか、まず先に手を打っておくのか。次の改定を迎えるまでにどうするのか各事業所でぜひ考えていただきたいところです。
※ 本記事は2026年7月時点で公開されている情報をもとにまとめたものです。各制度・施策の内容は更新される可能性があるため、最新情報は内閣府・厚生労働省・文部科学省などの公式ソースをご確認ください。
「AIを使う」から、「人が育つ仕組みをつくる」へ

AI活用というと、どうしてもツール選びの話になりがちです。
けれど骨太2026が示しているのは、ツールではなく人の話でした。記録作成、会議の整理、家族への報告、資料づくり、問い合わせ対応。
日々くり返している業務を見直し、そこで浮いた時間と経験を職員のキャリアに返していく。その仕組みづくりが、これからの経営課題になります。
株式会社アスカゼは、宮崎県内の事業所様を対象に、AI研修と活用支援を行っています。介護・障害福祉の現場向けの実践講座にも継続して登壇しています。
- 「何から始めればよいか分からない」
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