- 「最近、会議で活発な意見が出ない」
- 「指示待ちの従業員が増え、自走する組織にならない」
- 「意欲の高かったはずの優秀な人材が、静かに離職していく」
もしあなたが、このような組織の停滞感や人材の流出に頭を悩ませているとしたら、その根本原因は、福利厚生や給与体系といった制度面だけではないかもしれません。
それはリーダーや、あるいは管理職層の「謙虚さ」のあり方にあるかもしれません。
「謙虚さ」と聞くと、多くの経営者は「弱さ」「自信のなさ」「卑屈さ」といったネガティブなイメージを抱くかもしれませんが、それは大きな誤解です。
近年の組織心理学や経営科学の世界では、この「謙虚さ」こそが、従業員のウェルビーイング(心身の健康)を高め、組織の心理的安全性を育み、最終的に生産性とイノベーションを最大化する、極めて強力な経営資源であることが、数多くの科学的エビデンスによって証明されつつあります。
この記事では、なぜ今、人的資本経営の時代に「謙虚さ」が重要とされるのか、その科学的根拠を組織の成長に活かせるように解説していきます。
リーダーシップが引き起こす健康問題
まず直視すべきは、リーダーの振る舞いが従業員の健康、ひいては会社の業績にどれほど深刻な影響を与えているか、という事実です。
「傲慢さ」が引き起こすプレゼンティーイズム

リーダーが「自分は常に正しい」「部下の意見を聞く必要はない」といった非謙虚な(あるいは傲慢な)態度を取る職場環境は、従業員に慢性的なストレスを与えます。
Muhammad Asimや他の複数の研究によれば、このような高圧的・支配的なリーダーシップスタイルは、部下のストレスを、人間の生理的なストレス反応を引き起こし、ストレスホルモンであるコルチゾールを分泌させます。
このような状態が続き、慢性的なストレスになると、従業員の免疫機能は低下し、不安障害やうつ病といったメンタルヘルス不調のリスクを著しく高めます。その結果が、欠勤(アブセンティーイズム)です。
しかし、さらに深刻なのは出勤はしているものの、心身の不調によって本来のパフォーマンスが全く発揮できていない状態、すなわち「プレゼンティーイズム」の蔓延です。
プレゼンティーイズムとアブセンティーイズムについてはこちらの記事で詳しく解説しています。
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研究では職場における非謙虚な振る舞い(無礼さ、軽視)が、従業員の認知能力を低下させ、意図的に仕事の質を落とす行動(「どうせ評価されない」という諦め)を引き起こすことが報告されています。
経営者の視点から見れば、これは「目に見えない人件費の垂れ流し」に他なりません。従業員は会社にいるにもかかわらず、その能力はストレスによって抑制され、疲弊して、うまく働けない状態なのです。
「謙虚さ」の欠如が「心理的安全性」を破壊する

Google社の研究で一躍有名になった「心理的安全性」。
すなわち、「このチーム内では、自分の意見を言ったり、ミスを報告したりしても、罰せられたり恥をかかされたりしない」という安心感のことです。
この心理的安全性がイノベーションや高パフォーマンスの土台であることは、今や多くの経営者の共通認識でしょう。しかし、問題はどうすればそれを醸成できるかです。
その鍵こそが、リーダーの「謙虚さ」です。
リーダーが自らの間違いを率直に認め、「私にも分からないことがあるから、君の意見を聞かせてほしい」と助けを求める姿勢を見せることが重要です。
これこそが、部下に「ここでは本音を話しても大丈夫だ」という強力なメッセージを送ることになります。
逆に、リーダーが間違いを認めず、常に自己正当化に終始すれば、従業員は賢明にも「この上司に本当のことを言えば面倒なことになる」と学習し、口を閉ざしてしまいます。
これが会議で意見が出ず、問題が隠蔽され、イノベーションが停滞する組織の典型的な姿です。
心理的安全性について詳しくはこちらの記事をご覧下さい。
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「謙虚なリーダーシップ」の3大効果

経営科学における「リーダーの謙虚さ」とは、単なる卑下ではありません。以下の3つの要素を併せ持った、極めて知的で積極的な姿勢を指しています。
- 自分の限界を正確に認識し、認める(弱さの開示)
- 他者の強みや貢献を高く評価し、それに光を当てる
- 常に学び続け、新しいアイデアやフィードバックに対してオープンである
このような謙虚なリーダーシップが組織にもたらす具体的な経営効果は、計り知れません。
効果① 学習とイノベーションの促進
謙虚なリーダーが率いるチームは、「学習する組織」となります。リーダー自らが「学び続ける姿勢」を示すことで、チーム全体に失敗を恐れずに挑戦し、フィードバックを積極的に求め合う文化が根付きます。
研究によれば、リーダーの謙虚さが高いチームほど、情報共有が活発になり、結果としてチームの創造性(イノベーション)と業績が向上することが統計的に示されています。
効果② 従業員エンゲージメントの劇的な向上
謙虚なリーダーは、部下の手柄を横取りせず、むしろ部下の貢献を積極的に称賛します。
部下は「自分の仕事が正当に評価され、尊重されている」と感じるため、仕事へのエンゲージメント(熱意、没頭)が飛躍的に高まります。
エンゲージメントの高い従業員は、自発的に行動し、顧客満足度の向上や生産性の向上に直接貢献します。
これは、アブセンティーイズムやプレゼンティーイズムの対極にある、最も望ましい健康状態と言えます。
従業員のエンゲージメントについてはこちらでも詳しく解説しています。
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効果③ 離職率の低下と人材の定着
結局のところ、人は「会社」を辞めるのではなく、「上司」を理由に辞めていきます。
部下を尊重し、その成長を心から支援する謙虚なリーダーのもとでは、従業員の組織への帰属意識が高まります。
「このリーダーのもとで働き続けたい」という信頼感が、優秀な人材の離職率低下に直結し、採用コストの削減と組織力の維持・向上に貢献するのです。
謙虚さで会社を成長させるために

リーダーや従業員は「無礼」になってしまうのでしょうか? なぜ、「謙虚さ」を失ってしまうのでしょうか?
悪意から無礼な態度をとる人は、ごく少数です。多くのケースで、その根底にあるのは、過度な業務負荷、慢性的な疲労、将来への不安といったストレスによる「心の余裕(ゆとり)」がないことです。
人は、自分自身の心身が疲弊し、視野が狭くなっているとき、他者の意見は「批判」や「攻撃」に聞こえ、自己防衛的になります。自分のことで手一杯な状態では、他者を尊重し、その貢献に感謝する「謙虚さ」を実践することは極めて困難です。
つまり組織で見られる「無礼さ」とは、多くの場合、従業員の心身が発する「助けを求めるSOS」といってもいいでしょう。
「謙虚さ」とは精神論ではなく、まず自分自身が心身ともに健康で安定した状態、すなわち「心の余裕」があって初めて実践できる、高度なビジネススキルなのです。
弊社の「ウェルネス保健室」は、まさにこの「心の余裕」を組織的に、そして科学的に生み出すためのサービスです。
従業員にとっての「安全基地」として
従業員は、専門家である保健師やカウンセラーに、心身の不調やストレスを「安全に」吐き出すことができます。
疲労や不安が蓄積し、無礼さというSOSを発する前にケアを受けることで、心の余裕を取り戻します。
管理職にとっての「伴走者」として
リーダー自身もケアを受け、まず自らの「心の余裕」を確保します。
その上で、「傾聴」という謙虚さの核心スキルを専門家と学び、余裕を失っている部下のSOSを正しく受け止め、支援する術を身につけます。
組織全体への「潤滑油」として
五感に働きかける整体プログラムは、日常業務で凝り固まった心身を解放しカラダのコンディション を回復させます。
「心の余裕」が組織全体に満たされるとき、無用な対立や無礼さは減少し、そこには本物の「心理的安全性」が育ちます。
「謙虚さ」は人的資本経営時代の武器
従業員の健康を「コスト」としてではなく、「未来への投資」として捉える。それが人的資本経営の第一歩です。
そして、その投資効果を最大化する鍵は、テクニカルな施策ではなく、まずはリーダー自身のあり方、すなわち「謙虚さ」にあります。
あなたのリーダーシップは、従業員の健康と才能を「育てて」いますか? それとも、無意識のうちに「奪って」いませんか?
まずは、御社の組織風土とリーダーシップの現状を、私たち専門家と客観的に見つめ直すことから始めてみませんか。
参考文献
- Owens, B. P., & Hekman, D. R. (2012).Modeling How to Grow: An Inductive Examination of Humble Leader Behaviors, Contingencies, and Outcomes. Academy of Management Journal, 55(4), 787–818.
- Owens, B. P., & Hekman, D. R. (2016). How Does Leader Humility Influence Team Performance? Exploring the Mechanisms of Contagion and Collective Promotion Focus. Academy of Management Journal, 59(3), 1088–1111.
- Tepper, B. J. (2000). Consequences of abusive supervision. Academy of Management Journal, 23(2), 178-190.
- Schyns, B., & Schilling, J. (2013). How bad are the effects of bad leaders? A meta-analysis of destructive leadership and its outcomes. The Leadership Quarterly, 24(1), 138-158.
- Harms, P. D., Credé, M., Tynan, M., Leon, M., & Jeung, W. (2017). Leadership and Stress: A Meta-Analytic Review. The Leadership Quarterly, 28(1), 178–194.
- Muhammad Asim,et al:How Authoritarian Leadership Affects Employee's Helping Behavior? The Mediating Role of Rumination and Moderating Role of Psychological Ownership.Organizational Psychology 06 September 2021
- エドガー・H・シャイン, ピーター・A・シャイン (2019). 『謙虚なリーダーシップ――1人のリーダーに依存しない組織をつくる』野津智子・訳、英治出版、2020年4月
- クリスティーン・ポラス (2018). 『Think CIVILITY(シンク シビリティ) 「礼儀正しさ」こそ最強の生存戦略である』東洋経済新報社、2019年6月28日
