「最近、仕事への情熱が湧かない…」「心身ともに疲れ果てて、朝起きるのが辛い」。多くのビジネスパーソンが一度は抱えるこの悩みは、「燃え尽き症候群(バーンアウト)」のサインかもしれません。
「燃え尽き症候群」という言葉は、職場のストレスを語る上で避けて通れないワードですが、多くの人が抱く「仕事が大変だから燃え尽きる」というイメージとは異なり、その発症メカニズムはより複雑で多面的であることが近年の研究により明らかになっています。
この記事では、燃え尽き症候群について最新の科学的エビデンスに基づいて解説し、要因や個人と組織の両面から実践できる具体的な予防・対策法までを徹底解説します。
燃え尽き症候群とは?
燃え尽き症候群は、病気として診断されるものではありませんが、健康問題を引き起こしうる重要な状態として、世界保健機関(WHO)の国際疾病分類第11版(ICD-11)において「慢性的な職場のストレスが適切に管理されなかった結果として生じる症候群」と定義されています。
具体的には、以下の3つの核となる症状によって特徴づけられます。
①情緒的消耗感 (Emotional Exhaustion)
仕事によってエネルギーを使い果たし、心身ともに疲れ果てた感覚。
②脱人格化 (Depersonalization / Cynicism)
自分の仕事に対して精神的な距離を感じ、顧客や同僚に対して思いやりのない、皮肉な態度をとってしまう状態。
③個人的達成感の低下 (Reduced Personal Accomplishment)
仕事の能率や成果が落ちたと感じ、自分の能力に自信が持てなくなる状態。
これらの症状は、「心身の過度な疲労により、それまで仕事などに打ち込んでいた人が燃え尽きたように意欲を失い、社会生活に適応できなくなる状態」を表しています。
仕事のストレスとの関係性
長年にわたり、燃え尽き症候群は過重労働や人間関係のトラブルといった「職場のストレス」が主な原因であると考えられてきました。
特に、医療や福祉のような対人援助職における職務ストレスの代表例として認識されてきた歴史があります。
しかし、この「ストレス → 燃え尽き」という一方向の理解に、近年の研究は新たな視点を提示しています。
新たな研究の知見
26,319人の労働者を対象とした48件の縦断的研究を統合・分析した信頼性の高いメタ分析(Boudrias et al., 2020)によると、仕事のストレス要因(ジョブストレッサー)と燃え尽き症候群(バーンアウト)は、互いに影響を及ぼし合う双方向の関係にあることが明らかになりました。
注目すべきは、その影響の強さです。
ジョブストレッサー → 将来のバーンアウト
この因果関係は存在するものの、その影響は比較的小さいことが示されました。
バーンアウト → 将来のジョブストレッサー
逆に、バーンアウト状態にあることが、将来の仕事上のストレスをより強く認識させる影響は大きいことが判明しました。
つまり、一度燃え尽き状態に陥った従業員は、仕事の要求や困難を実際以上に大きなストレスとして感じやすくなるという「悪循環」が存在するのです。
研究のポイント
- 仕事のストレスが燃え尽きを引き起こすだけでなく、燃え尽き自体がさらなるストレス認識を生み出す悪循環が存在する。
- この悪循環を断ち切る鍵は、従業員が燃え尽きの兆候を示した際に、「仕事のコントロール(裁量権)」や「周囲からのサポート」といった「仕事の資源(Job Resources)」を適切に提供することである。
ちなみに バーンアウトの主要な症状のうち、「情緒的消耗感」はジョブストレッサーと双方向の関係がありましたが、「脱人格化/シニシズム」は直接的な関係が見られなかったと報告されています。
メモ
- 情緒的消耗感:仕事を通じて情緒的に力を出し尽くして、消耗してしまった状態
- 脱人格化:自分が仕える人々から過度に切り離された状態
仕事だけじゃない!燃え尽き症候群の要因
では仕事以外の要因として特にどのようなものが挙げられるのでしょうか。ここでは2つの要因について解説していきます。
1. 個人的要因(内的要因)
バーンアウトの個人要因には、性別や年齢、勤続年数や性格、ストレス対処のコーピングなどがあり、具体的には以下の要因が挙げられます。
性格特性
- 完璧主義
「常に100点でなければならない」という強い思い込みが、理想と現実のギャップに苦しみ、自分を追い詰めます。
- 過剰な同調性・献身性
他者の期待に過剰に応えようとし、NOと言えない傾向。自分の感情や欲求を後回しにしがちです。
- 低い自己効力感
困難な状況に直面した際に「自分には乗り越えられない」と感じやすく、無力感に陥りやすい傾向です。
人口統計学的要因
また研究によると、「男性より女性のほうが、情緒的消耗感が高い傾向にあるため、バーンアウトに陥りやすい」ことが明らかになっています。
実際にノルウェーの研究では、燃え尽き症候群の症状を持っている労働者813人を対象に、燃え尽き症候群の原因や疲労の度合いなどを調査したところ、被験者のうち70.5%が女性だったことがわかっています。またマッキンゼーやLinked inの調査でも同様に女性の方が多いことが報告されています。
女性に多い理由
- 女性は一般に仕事と家事という二つの仕事を持ち、両者の間での葛藤を経験することが男性に比べて多いことが影響していると考えられています。
- また社会的に期待される感情労働の負荷が高いことと関連していることも報告されており、男性よりも女性の方がストレスを抱きやすく,満足感や自尊感情が低い傾向にあると思われます。
2. 組織・環境的要因(外的要因)
燃え尽き症候群に強い影響を与える要因は、個人特性よりも職場環境にあるとされています。
特にカリフォルニア大学のクリスティーナ・マスラーク教授らが提唱する「仕事と個人の6つのミスマッチ」は、燃え尽きが生まれる要因をを的確に示しています。
職場環境の特性
従業員のエネルギーを過剰に奪い、回復を妨げるような職場環境は、バーンアウトの直接的な原因となります。
単純な業務量の多さではなく、具体的には、以下の6つのミスマッチが指摘されています。
カテゴリ | 環境特性 | 具体例 |
---|---|---|
① 仕事の負荷 | 過剰な業務量・感情的負担 |
|
② コントロール | 裁量の欠如 |
|
③ 報酬 | 不十分な報酬・評価 |
|
④ コミュニティ | 孤立・人間関係の悪化 |
|
⑤ 公平性 | 不公平な待遇 |
|
⑥ 価値観 | 価値観の不一致 |
|
これらの要因は、従業員から「やりがい」や「達成感」を奪い、「どうせ頑張っても無駄だ」という無力感を植え付けます。まるで穴の空いたバケツで水を運び続けるような状態であり、いくら個々人がエネルギーを注いでも、心身は消耗していく一方になります。
社会的支援の不足
トレスの多い職場環境であったとしても、周囲からのサポートがあれば、その悪影響を和らげることができます。
逆に、この「社会的支援」が不足していると、従業員は孤立し、バーンアウトのリスクは一気に高まります。
- 上司からのサポート不足
- 同僚からのサポート不足
このような職場では、連帯感が生まれず、従業員は孤独感を深めてしまいます。
社会的支援は、仕事のストレスに対する「精神的な安全網(セーフティネット)」になります。このセーフティネットがない、あるいは機能していない職場では、バーンアウトが深刻になります。
燃え尽き症候群の予防と対策
燃え尽きは、個人の責任と組織の責任の両面から対策を講じることが不可欠です。
個人での対策
個人ができる対策は、過酷な環境下でも心身の健康を維持し、ストレスにしなやかに対応するための「防御策」と「対処法」です。
マインドフルネスと心理的ディタッチメント
医療従事者を対象とした多くのメタ分析において、マインドフルネスの実践が燃え尽きの中核症状である「情緒的消耗感」を有意に軽減することが一貫して示されています。
また心理的ディタッチメントがうまくいっている人ほど、日々の活力が保たれ、燃え尽き症候群のリスクが低いことも報告されています。
対策内容
- マインドフルネス:「今、ここ」の自分の状態に意識を向けることで、ストレスによる思考の暴走を止め、心を落ち着かせます。瞑想アプリなどが活用できます。
- 心理的ディタッチメント: 勤務時間外は意識的に仕事から離れ、心身を回復させることです。趣味に没頭する、運動する、家族や友人と過ごすなどがこれにあたります。
認知行動療法とアサーション
認知行動療法(CBT)は、燃え尽き症候群の症状改善に有効であることが、信頼性の高い研究で証明されています。
CBTを通じて、完璧主義的な思考を修正したり、問題解決スキルを高めたりすることが、ストレス耐性の向上に繋がります。
対策内容
- 認知的再構成: 完璧でなければならない」「失敗は許されない」といった、自分を追い詰める思考パターン(認知の歪み)に気づき、より現実的で柔軟な考え方に修正するスキルです。
- アサーション・トレーニング:自分も相手も尊重しながら、誠実に、率直に自分の意見や要望を伝える技術です。無理な要求を断ったり、助けを求めたりするために不可欠です。
2. 組織での対策
燃え尽き対策の根本は、個人に努力を強いることではなく、組織が燃え尽きを生まない環境を構築することです。
仕事の要求度と資源のバランス調整
仕事の負荷(要求度)が高くても、裁量権や上司・同僚からの支援といった「仕事の資源」が豊富であれば、燃え尽きリスクは大幅に低下することがわかっています。そのため以下の点に留意した対策が不可欠です。
- 仕事量の適正化:明らかに過剰な労働時間や業務量を見直し、人員配置を最適化します。
- 裁量権の付与:仕事の進め方やスケジュールについて、従業員自身がコントロールできる範囲を広げます。
- 役割の明確化:職務内容や責任範囲を明確にし、「何を期待されているか分からない」という役割曖昧性のストレスをなくします。
② 公正な評価と手厚い報酬
作業の公正さや分配の公正さが低い職場ほど、従業員の燃え尽き度が高いという強い相関関係が示されています。特に「頑張っても報われない」という感覚は、燃え尽きの引き金になります。
そのため公正な評価制度によって評価基準を透明化し、えこひいきや不公平感のない運用を徹底し、金銭的な報酬だけでなく、成果に対する承認、称賛、感謝といった「社会的報酬」を積極的に与えるようにします。
③ 心理的安全性の確保
Google社の研究で有名になった「心理的安全性」は、チームの生産性だけでなく、メンバーのメンタルヘルスにも良い影響を与えることがわかっています。心理的安全性が高いチームでは、助け合いが促進され、孤立によるストレスが軽減されます。
チーム内で誰もが「こんなことを言っても大丈夫だろうか」と不安に感じることなく、意見や懸念を表明できる雰囲気を作ることや、上司からの支援も欠かさないようにしましょう。
心理的安全性についてこちらの記事で解説しています。
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おわりに
燃え尽き症候群は、従来考えられていた単純な「仕事のストレス」だけが原因ではなく、個人的要因、組織的要因が複雑に絡み合って発症する多面的な現象であることが明らかになっています。
この理解に基づけば、燃え尽き症候群の予防と対策も、単に職場のストレスを軽減するだけでは不十分であり、より包括的で多層的なアプローチが必要です。個人、組織、社会のそれぞれのレベルで適切な対策を講じることで、燃え尽き症候群のリスクを効果的に管理することが可能になるでしょう。
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