腰の痛みを我慢して仕事に取り組んでいませんか?腰痛は多くの労働者が抱える深刻な問題です。特に医療・介護の現場で働く方の腰痛は他の業種よりも多いことがわかっています。
この記事では、医療・介護の現場で働く方の腰痛の現状、原因、予防法、そして企業での取り組み事例について詳しく解説します。
腰痛の現状
腰痛は日本において多くの方が経験する健康問題です。
厚生労働省の調査によると、年間約2800万人が腰痛に悩まされており、これは日本の人口の約4分の1に相当します。
また職場における腰痛は特に深刻で、厚生労働省が実施した業務上疾病発生状況等調査では,腰痛は常に第一位で労働災害の約6割を占めています。
腰痛が始まるのは20歳〜40歳の働き世代であり、生涯で腰痛が起こる率は 80%を超えます。
こうしたことから、日本臓器製薬と東京大学医学部附属病院の共同研究では、腰痛の経済損失は3兆円にも上り、無視できない症状となっています。
特に医療・介護現場では働く方の腰痛は、休業を4日以上要する件数としては最も多くなっています。
(図)厚生労働省 腰痛予防対策より一部改変
医療・介護現場での腰痛の原因
看護師や介護士の腰痛は現場ではよく耳にしますが、その原因について理解している方は少ないでしょう。
腰痛発生の主な要因としては以下のようなものが挙げられます。
- 動作要因
- 環境要因
- 個人的要因
- 心理・社会的要因
医療の現場では患者さんを抱えて移乗したり、狭いベッド周りで寝ている患者さんに前屈みで対応するなど腰痛になりやすい環境や動作が多くあります。コルセットを装着して仕事をしているケースや、足に痺れがある中で働いている方も少なくありません。
腰痛症状を引き起こす、現場での具体的な要因には以下のようなものが考えられます。
患者側の要因
- 医療的ケアの制限
- 意思疎通の困難さ
- 認知症の状態
- 残存機能の程度
- 身長・体重
労働者側の要因
- 既往の腰痛
- 経験年数
- 健康状態(骨関節疾患の有無など)
- 身体的特徴(筋力など)
- 家庭での負担(育児・介護)
介護の現場では特に人手が足りないことも多く、1人で介助せざるを得ない状況もあり、個人だけの要因では予防するのは難しいのが実際のところです。
腰痛予防のための研究
腰痛で悩む方が多い現状はありますが、腰痛予防に関する科学的研究も進んでいます。
例えば複数の研究を分析したSteffensらの報告によると、運動と腰痛予防のための教育を組み合わせた介入が、腰痛予防に最も効果的であることが示されています。またHoltermannら (2020)の研究では、職場での身体活動の増加が腰痛リスクの低減につながることが報告されています。
つまり腰痛に対する教育や職場内で運動や体操を行うことで効果的に予防できるということです。
腰痛は労働生産性の低下や急な欠勤につながる人手不足の社会では重大な問題です。スタッフの健康を守るとともに、経営面でのリスクを軽減するために、積極的に腰痛知識や職場内での運動に取り組むことが求められます。
腰痛予防の具体的アプローチ
医療・介護現場での効果的な腰痛予防には、環境面や介護技術面、そして心身の自己管理面を含む包括的なアプローチが必要となります。
1. 環境面の改善
人は環境によって動作が制限されることがよくあります。これにより腰痛の発生するリスクが高まるため、組織全体で環境改善を図っていく必要があります。
ベッドの高さ調整
適切なベッドの高さ調整は介護士や看護師の腰への負担を大幅に軽減します。
ベッドの高さを作業者の身長に合わせて調整することで、中腰姿勢を避け、正しい姿勢で介助を行うことができます。電動ベッドの導入はこの点で非常に効果的です。
作業空間の確保
十分な作業空間を確保することは、安全な介助を行う上で重要です。「利用者の部屋が狭くて窮屈である」「入浴介助のスペースが狭い」という状況は腰痛の環境要因となります。
部屋のレイアウトを見直してベッドや家具の配置を最適化することで、介助者が自然な姿勢で作業できるようになります。これにより、不自然な体勢での作業が減少し、腰痛リスクが軽減されます。
また浴室が狭く入浴が介助難しい利用者さんは入浴サービスの検討をいただくなども、腰痛予防や利用者様の転倒リスクを下げるためにも考えるべきでしょう。
福祉用具の積極的活用
移乗介助時にスライディングシート(ボード)を使用することで、介助者の腰への負担を大幅に軽減できます。
またリフトなどの福祉用具を適切に導入し、活用することで利用者さんの持ち上げによる腰への負担を軽減できます。
照明の改善
あまり考えることがないかもしれませんが、作業する場所の照明が暗いと、安全確認が困難になり、不自然な姿勢をとりやすくなります。
特に病室などは暗いことも多いため、十分な明るさを確保し、必要に応じて局所照明を導入することで、介助者は正確な動作を行いやすくなります。
こちらでは記録などで利用するデスク環境改善の一例としてスタンディングデスクの有効性について解説しています。
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2. 介護技術の向上
介護をする場面での効果的な介護技術としては、以下の8つの原則に則って行うことが望まれます。
- 支持基底面を広くする
- 重心を低くする
- 被介護者の体になるべく近づく
- 上下ではなく水平に移動する
- てこの原理を応用する
- 被介護者の体を小さくまとめる
- 身体を捻らない
- 身体全体を使う
これらの原則は1人で実施するときに特に重要になります。こうした方法で実施することで、介護者の腰への負担を軽減し、腰痛予防に効果があります。
例えば立ち上がりを介助する際は、介護者の足を開いて支持基底面を広く取り、身体を被介護者に密着させることで、より小さい力で立ち上がりをサポートできます
他にも、利用者さんや患者さんと声かけをしてタイミングを合わせることや、2人で介助するなど過度な負荷がかからない対策を考える必要があるでしょう。
3. 心身の自己管理
自身の健康を自分で管理することも重要です。医療・介護従事者でもかんたんに実践できる腰痛予防のためのセルフケア方法には以下のようなものがあります。
1. ストレッチと体操
定期的なストレッチや腰痛予防体操を行うことで、腰部の筋肉を柔軟に保ち、強化することができます。
特に太もも裏のストレッチ、体幹筋力と下半身の強化は腰痛予防に効果的ですので、スクワット運動や座って足を伸ばすストレッチも実践してみてください。
弊社では腰痛予防のための体操やストレッチ方法をYouTubeにて公開していますので、ぜひ参考にされてください。
2. 適切な姿勢の維持
日常生活や仕事中も、常に正しい姿勢を意識することが重要です。普段イスに座るときは骨盤から体を起こした姿勢で座る、立つときの姿勢は前体重にならないようにするなど、まずは意識して姿勢を正すようにしていきます。
作業や介護する際は前かがみの姿勢を避けて膝を使ったり、どうしてもかがむ際は足を一歩後方に引いて屈む方法をとると腰への腰への負担を軽減できます。
3. 体重管理
標準体重を維持することが腰痛予防に好ましいとされています。
BMIなどの数値が高い、内臓脂肪が多い状況では体重を支える筋肉が不足している可能性があるため、体重管理を行いながら、身長に合った標準体重にコントロールするようにしましょう。
身長 | 標準体重 |
---|---|
150cm | 49.5kg |
155cm | 52.9kg |
160cm | 56.3kg |
165cm | 59.9kg |
170cm | 63.5kg |
175cm | 67.3kg |
180cm | 71.3kg |
4. ストレス管理
ストレスは筋肉の緊張を引き起こし、腰痛を悪化させる可能性があります。そのメカニズムの一つとして考えられているのは、血行不良による影響です。
心理的ストレスによる緊張が筋肉の血流を悪化させ、老廃物の除去が遅れたり、ストレスにより痛みを緩和させるドーパミンの放出が減少し、痛みを感じやすくなるといったケースもあります。
またぎっくり腰の発生リスクを高めることも報告されていますので、ストレス管理は個人でしっかりと行うべきでしょう。そのため働きやすい職場環境の構築もストレス低減には不可欠と言えます。
(出典)厚生労働省 働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト こころの耳
この他、喫煙と過度の飲酒も腰痛発症に関係するとされていますので、日頃の生活習慣の見直しも予防のためには必要であることを認識しておきましょう。
職場全体での取り組み事例
腰痛予防は個人だけで行うものではありません。労働安全衛生法のなかでは雇用者も管理すべきものであるべきことが述べられています。
実際に取り組んでいる医療機関として、医療法人優生会があります。こちらは理学療法士の資格を持つ職員で腰痛撲滅チームを立ち上げ、そのチームで実態調査としてアンケートを実施し、オンラインで腰痛予防講習会を開催するなどの取り組みを行っています。
その他にも、以下のような取り組みを行っている医療機関や介護施設があります。
事例1:札幌徳洲会病院(北海道札幌市)
腰痛対策チームを結成し、病棟への包括的介入を行っています。
事例2:みゆきクリニック(大分県大分市)
アンケート実施と朝礼時のラジオ体操導入による腰痛予防に取り組んでいます。
事例3:秋津鴻池病院(奈良県御所市)
職員全体研修として継続的に腰痛予防研修を実施しています。
事例4:七里ガ浜ホーム(神奈川県鎌倉市)
「知ろう!取り組もう!腰痛予防」をテーマに、施設全体で腰痛予防に取り組んでいます。
まとめ
医療・介護現場での腰痛は深刻な問題ですが、適切な予防策と取り組みにより、その発生リスクを大幅に軽減することができます。
環境改善、技術向上、そして個人のセルフケアを組み合わせた包括的なアプローチが効果的です。腰痛予防は、医療・介護従事者の健康を守るだけでなく、患者やサービス利用者へのケアの質の向上にもつながります。
一人ひとりが腰痛予防の重要性を認識し、積極的に取り組むことが、より良い医療・介護サービスを提供していきましょう。
弊社サービス、「ウェルネス保健室」は職場で働く従業員の健康支援を行っています。
宮崎県健康経営サポート企業に登録しいるため、宮崎県内の事業所であれば、初回無料にて腰痛予防の研修をお受けいただけます。詳しくは弊社までお気軽にお問い合わせ下さい。
参考文献
- Steffens D, Maher CG, et al.: Prevention of Low Back Pain: A Systematic Review and Metaanalysis. JAMA Intern Med 2016; 176(2): 199-208.
- 業務上疾病発生状況等調査[オンライン].東京,厚 生労働省;2020[入手2021-01-10].業務上疾病発 生状況(業種別・疾病別)
- Casazza BA: Diagnosis and treatment of acute low back pain. Am Fam Physician 2012; 85(4): 343-350. 4)Fujii T, Matsudaira K: Prevalence of low back pain and factors associated with chronic disabling back
- 「2022 職場における腰痛予防宣言 取り組み事例集」日本理学療法士協会