企業の健康経営とメンタルヘルス対策において重要な概念として心理的安全性があります。
チーム力を高め、生産性を向上させるだけでなく、従業員のウェルビーイングにも大きな影響を与える心理的安全性について、その重要性と測定方法、導入方法について今回は解説していきます。
心理的安全性とは
心理的安全性の概念は、ハーバード大学のエイミー・エドモンソン教授が1999年の論文「Psychological Safety and Learning Behavior in Work Teams」で提唱されました。
エドモンソン教授は心理的安全性を「チームのメンバーが持つ、チームは対人関係でリスクを取るのに安全であるという共通の信念」と定義しています。わかりやすく言えば「組織の中で自分の考えや気持ちを、誰に対してでも安心して発言できる状態」と言えます。
この心理的安全性はGoogleが実証実験で「チームの生産性向上の最重要要素」と位置づけた概念でもあります。
TEDではエドモンソン教授が心理的安全性について解説したYouTubeもありますので、こちらを参考にされるのも良いでしょう。
チーム内での発言は容易に感じるかもしれませんが、会議で発言するときを想像してみてください。
自ら発言することが苦手な人は、会議で一言も発しないまま終わることもあるでしょう。これは何か言ったら恥ずかしい、発言の内容が間違えていたらどうしようという気持ちがあることで、発言を控えてしまっているのです。
会議の初め、最初に発言する人がいないのもこういった心理的安全性が影響している可能性があります。
心理的安全性の重要性
心理的安全性が高いチームでは、質問をしたり、新しいアイデアを提案したりと意見交換が活発になるなど、組織内のコミュニケーションも良くなることは想像できるでしょう。
逆に心理的安全性が低い組織では、以下のような問題が生じる可能性があります。
- 従業員の本音が隠れ、重要な情報が共有されない
- イノベーションの停滞
- メンタルヘルスの悪化と離職率の上昇
また心理的安全性スコアが低い人ほど離職を検討している傾向が明らかになっています。
こうした問題が生じないために心理的安全性の重要性を理解することは不可欠です。心理的安全性が重要とされる理由をもう少し具体的に見ていきます。
1. 生産性の向上
Googleの「Project Aristotle」という研究では、高パフォーマンスチームの最も重要な特徴として心理的安全性が挙げられました。この研究結果は、心理的安全性が生産性向上に直接的な影響を与えることを示しています。
心理的安全性が高い職場では、以下のような効果が期待できます。
- 情報共有がスムーズになる
- 従業員の集中力が高まる
- ミスやトラブルを迅速に報告できる
人は誰でも自分が賢く、有能であると思われたいと思っています。周囲に無知だと思われたくないという不安の感情から、発言しなくなるのです。
ですが心理的安全性が高ければ、不安に思っていた人は、知らないことや不明点を聞くことができるようになります。その結果、業務上のミスが減ったり、相互理解を深めたりすることができ、企業全体のパフォーマンスが改善されるのです。
2. イノベーションの促進
心理的安全性の高い環境では、新しいアイデアや異なる視点での発言が歓迎されます。
十川らのアンケート調査では、心理的安全性が以下のようなことに作用すると述べています。
- 従業員の挑戦意欲
- 権限委譲
- 部署のローテーション
- 人材の多様性
- 非公式な交流風土づくり
心理的安全性により様々な作用がもたらされることで、従業員が自由に意見やアイデアを出すことができます。これにより創造性やイノベーションが促進され、新しい製品やサービスの開発において、より多くの成功を収めることができるようになります。
3. メンタルヘルスの改善
厚生労働省の2022年の調査によると、仕事や職業生活に関して強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者は全体の82.2%にのぼります。
心理的安全性が低い組織では、従業員のストレスが高まり、メンタルヘルスの不調につながる可能性があります。
例えばオーストラリアで1,084名を対象に、長時間労働、職場の心理的安全性、ワークエンゲージメント、12カ月間のうつ病リスクとの関係を調べた調査によると、心理的安全性が低い職場ではうつ病の発症リスクが3倍になることが確認されています。
逆に心理的安全性が高い環境では、従業員のストレスが軽減され、メンタルヘルスの改善につながります。
田原らの研究では、心理的安全性の高さがワーク・エンゲイジ メントの向上を介して、職務満足感の増大やストレスの低減に影響することが示されています。
このほかにも、Googleの「プロジェクト・アリストテレス」の調査結果によると、心理的安全性の高いチームのメンバーは以下の特徴を持つことがわかっています。
- 離職率が低い
- 他のメンバーが発案したアイデアをうまく利用できる
- 収益性が高い
- 「効果的に働く」と評価される機会が2倍多いい
上記のような結果から「優秀な人材が多いチームよりも、心理的安全性が高いチームの方が生産性が向上する」ことが示唆されており、心理的安全性の重要性を広めた大きなきっかけとなっています。
メンタルヘルスの管理で重要となるストレスチェックについては、こちらで解説しています。
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心理的安全性の測定方法
心理的安全性を確認する方法としては、測定する方法としてはエドモンソン教授が提唱した、次の7つの質問を利用します。
- チーム内でミスを起こすと、よく批判をされる
- メンバー内で、難しい問題や課題を指摘しあえる
- チーム内のメンバーが、異質なものを受け入れない傾向にある
- チームに対して、リスクのある行動をとっても安全である
- チーム内のメンバーに助けを求めづらい
- チーム内で他者を騙したり、意図的に陥れようとしたりする人がいない
- チームで業務を進める際、自分のスキルが発揮されていると感じる
測定の方法は7つの質問に5段階の「まったく記載のとおり」~「まったく記載のとおりでない」のポジティブかネガティブかを尺度として評価します。
ポジティブな回答が多い人ほど、心理的安全性が高いと感じており、反対に測定結果にネガティブな回答が多い人は心理的安全性が低い状態と判断できます。
心理的安全性が高い人
1・3・5の数値が低く、2・4・6・7の数値が高いメンバー
心理的安全性が低い人
1・3・5の数値が高く、2・4・6・7の数値が低いメンバー
こちらを用いることで、心理的安全性という抽象的なものも、定量・可視化することででき、現状把握と改善に取り組むことができるようになります。
心理的安全性を高める取り組み方
心理的安全性の重要性をこれまで解説してきましたが、実際にはどのようにチームに働きかければよいでしょうか。ここからは社内で明日からでもスタートできる具体的な導入方法について解説します。
1. 感謝の気持ちを伝える
日常的に「ありがとう」や「助かります」などの言葉を使い、従業員同士で感謝の気持ちを伝え合うことはとても有効です。
日頃の業務で当たり前に行っていることでも、相手に感謝を伝えることで相手の幸福度が上がります。カリフォルニア大学のエモンズ教授の研究では、感謝をする人に健康や幸福度への好影響が見られることが報告されています。
特に上司からの感謝は従業員のモチベーションにも直結します。感謝を伝えられた人は、会社内での自分の存在意義を見出し、チームにもっと貢献しようという気持ちが生まれやすくなるからです。
2. オープンなコミュニケーション
会議前に議題をあらかじめ共有し、全員に意見を求めるといったこともオープンコミュニケーションの1つです。
会議ではいつも特定の人しか発言しないことが多いため、全員に意見を求める状況にすることは会議の質を高めます。そのためには発言機会も多く、生産性が高くなると言われている7〜8名の程度の人数で会議をする方が良いでしょう。
また発言が苦手なメンバーには、得意分野について意見を求めるなど、進行役のファシリテーターが気を配るようにすることも大切です。
役職や立場に関係なく、従業員が自由に意見を述べられる雰囲気づくりのために、日頃からリーダーが率先して部下の意見を聞く姿勢を示したり、朝礼で全員が均等に発言できる機会を設ける環境作りも良い手段です。
例えば1on1ミーティングやメンター制度を活用して、若手社員が話しやすい環境を整備することも効果的であると報告されています。
3. 失敗を学びの機会として捉える
エドモンソン教授の研究によると、失敗を恐れずに新しいことに挑戦する意欲がある組織は、より多くのイノベーションを生み出していると述べれられています。
失敗を責めるのではなく、学びの機会として捉え、チーム全体で改善策を考える文化を作ることが必要となります。
そのためにはリーダーが自身の失敗を認め、オープンに共有したり、愚痴や不満よりも、建設的でポジティブな言葉を使用することも重要となります。
おわりに
心理的安全性は現代の職場環境、企業の健康経営、メンタルヘルス対策において重要な要素です。
厚生労働省のデータや様々な研究結果が示すように、従業員が安心して意見を述べ、自分らしく働ける環境を整えることで、チーム力の向上、生産性の改善、そしてメンタルヘルスの向上につながります。
企業のリーダーは心理的安全性を高めるためにこれらの知見を活用し、具体的な施策を実施することで、より健全で生産的な職場環境を築くことが求められています。
参考
- 十川 廣國ら:イノベーション創出の組織マネジメントと心理的安全性との関係
- 山田剛史:大学教育における心理的安全性の重要性と学生エンゲージメントに及ぼす影響
- 職場における心理的安全性の要因についての考察
- 中村 天江:良質な「働く」を広げる―情報とコミュニケーション-
- Google(2012)Guide: Understand team effectiveness
- 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』英治出版
- 『チームが機能するとはどういうことか』英治出版
- Frazier, M. L., Fainshmidt, S., Klinger, R. L., Pezeshkan, A., & Vracheva, V. (2017) Psychological safety: A meta‐analytic review and extension. Personnel psychology, 70(1), 113-165.
- 田原直美ら:職務チームにおける パフォーマンスとメンタルヘルス ― 心理的安全性とワーク・エンゲイジメントの影響 ―
- 今城志保ら:職場の心理的安全性が個人に及ぼす効果を検証する